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400年代初頭 - 大王クラスの大形前方後円墳奈良盆地から大阪平野に移り更に巨大化する。

  • 大仙古墳(伝仁徳天皇陵)や誉田御廟山古墳(伝応神天皇陵)が代表例。副葬品に人物埴輪が現れる。

 

404年

413

  • 倭国東晋に朝貢する(東晋・義煕9、『晋書』安帝紀、『太平御覧』)。

425年

  • (宋・元嘉2年)- 倭王の讃、司馬の曹達を遣わし、宋の文帝に貢物を献ずる(『宋書』倭国伝)。

  • 438年

  • (宋・元嘉15年)- これより先、倭王讃没し、弟珍立つ。この年、珍宋に朝貢し、自ら「使持節都督・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭国王」と称し、正式の任命を求める(『倭国』倭国伝)。4月、宋の文帝、珍を安東将軍倭国王とする(『宋書』文帝紀)。珍はまた倭隋ら13人を平西・征虜・冠軍・輔国将軍にされんことを求め、許される(『宋書』倭国伝)。

  •  

 

463年

  • 478年 - 倭王武が宋に入貢して上表する。「父祖の功績と父兄の志を述べ、高句麗の無道を糾弾し、自ら開府儀同三司と称し、正式の任命を求める。宋の順帝武を「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事安東太将軍倭王」とする(『宋書』順帝紀、『宋書』倭国伝)。

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